研磨加工における界面活性剤の基本的性質や種類・作用効果について詳しく解説!
2025/10/06
界面活性剤と聞くと、まず洗剤や化粧品を思い浮かべる方が多いかもしれません。
代表的な界面活性剤であるセッケンは、紀元前600年頃にすでにフェニキア人によって発明されたといわれ、それ以来人間生活と深い関わりを持つ物質です。
しかし実は、私たち研磨業界で扱う「研磨加工」においても欠かせない存在なのです。
今回は、この界面活性剤の基本的性質や種類、作用効果などについて学習するとともに、研磨加工との関わりについて解説いたします。
研磨加工の基礎については「研磨加工とは?基本的な定義と種類・方法の基礎を徹底解説」の記事をご覧ください。

株式会社斉藤光学製作所技術顧問。専門が「研磨加工」と「微粒子分散」の技術コンサルタント。1976年、東北大学工学部を卒業後にタイホー工業株式会社 中央研究所にて磁性流体や研磨加工の研究に従事。1987年、東京大学より工学博士号(機械工学)を授与。2001年から3年間、東京大学生産技術研究所の客員教授。その後10年間は、研磨材メーカーの株式会社フジミインコーポレーテッド。さらにその後10年間は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 招聘研究員だった。
プロフィール詳細を見る研磨における界面活性剤とは
界面活性剤は、水になじむ「親水基」と、油になじむ「疎水基」を一つの分子の中に持つ両親媒性分子です。
この性質によって、液体と固体の界面に吸着し、研磨液(スラリー)の表面張力を下げたり、粒子を安定して分散させたりする働きをします。
また、基板表面への濡れ性を高めることで、微細な凹凸にスラリーを行き渡らせ、均一な平坦化を助けるのです。
さらに、界面活性剤は摩擦を和らげる潤滑効果も持ち、スクラッチや潜傷といった欠陥を抑制する働きも期待できます。
界面活性剤の種類
界面活性剤は分子内に親水基と疎水基(親油基ともいう)とを有する両親媒性物質です。
液体に比較的少量を溶解したときに、以下の界面に吸着して界面の性質を著しく変える物質を表します。
- 気体-液体
- 液体-液体
- 固体-液体
親水基は水などの極性の大きい溶媒と親和性があり水には溶けやすいのですが、油などの極性が小さい溶媒には溶けにくいのです。
疎水基はその逆の傾向を示します。
また、上記のような「少量で著しい界面活性」を得るためには、親水基も疎水基もある程度強い種類のもので、その強さも適度なバランスが必要です。
例えば、エチルアルコールは親水性の水酸基(-OH )と疎水性のエチル基(C2H5– )とからなりますが、どちらの基もそれほど強い基ではないため界面活性も弱く、通常は界面活性剤には含まれません1)。
親水基の親水性が、疎水基の疎水性よりも大きければ界面活性剤は水に溶けやすく、小さければ溶けにくくなります。
この親水性・疎水性のバランスにより界面活性剤は、水溶性のものから油溶性のものまでがあります。
また、乳化その他の性能もある程度左右されます。
このバランスをHLB (Hydrophile-Lipophile Balance)といい、界面活性剤の性質を理解する上で大変重要な値です。
イオン型
界面活性剤の分類法は種々の方式がありますが、最も一般的で理解しやすいのは親水基のイオン型による分類です。
すなわち、界面活性剤が水に溶解したときに電離してイオンになるかならないか、イオンになる場合は+か-かによって以下の四種類に分類する方式です1)。
図1にその例を示します。

- アニオン系:水に溶けたとき親水基がマイナスイオン(-)を持つもの
- カチオン系:水に溶けたとき親水基がプラスイオン(+)を持つもの
- 両性系:水に溶けたときアニオンとカチオンの両方の性質を持つもの
- 非イオン系:水に溶けたときイオンにならないもの
親水基の種類は、細分すれば相当の数になりますが、工業的によく使用されるものに限定して大別すれば図2のようになります。

親水基の親水性の強さは構造により異なり、一般にイオン性のものは親水性が大きいです。
しかし、非イオン性のものは水酸基(-OH )やエーテル結合(-O- )のように水中でイオン解離しない基を親水基とするため、親水性はかなり小さくなります。
そこで、親水基が複数個集まることにより、イオン性の一個の親水基と同程度の親水性を得ているのです。
親水性の大きさを比べると、以下のようになります1)。
| 親水性:大 | 親水性:中 | 親水性:小 | ||
|---|---|---|---|---|
| -OSO3Na | ||||
| -SO3Na | > | -OPO3Na2 | >> | -OH |
| -NH3Cl | > | -COONa | >> | -O- |
| アニオン、カチオン | 非イオン | |||
一方、疎水基の方は、非水溶性の原子団からなり、炭化水素系、シリコン系、フッ素系に大別されます。
疎水基の疎水性の大きさは以下のような順になります。
| 疎水性:大 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| フッ素系 | >> | シリコン系 | > | パラフィン系 | > | オレフィン系 | > | 芳香族系 |
| 炭化水素系 | ||||||||
フッ素型
フッ素系界面活性剤は、すぐれた表面張力低下能を有し、また疎油性も有する特異な界面活性剤として注目されます2)。
しかし、環境問題においてフッ素系界面活性剤は、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)に分類されるものが多いです。
PFASのうち、ペルフルオロオクタン酸(PFOA) 、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)は、人体に蓄積し、毒性があり、環境汚染物質として知られています。
日本でも、2010年にPFOS、2021年にPFOAの製造・輸入が原則禁止となりました3)。
そのため、フッ素系界面活性剤の使用においては一定の注意が必要です。
ただし、すべてのPFASが人体に有害であるわけではありません。
界面活性剤の基本的な性質
前述のように、界面活性剤は溶媒に対する溶解性が相反する二つの基を持つため、水への溶け方が他の物質に比べて特異です。
そのため、界面活性剤特有の性質・作用を生み出しています。
図3は界面活性剤の水への溶解状態を模式的に示したものです4)。
水に溶解した界面活性剤(a) は極めて低濃度でも、疎水基は水から排除される傾向にあり不安定です。
溶解量が増えてくると、界面活性剤は溶解状態を安定化するために、次の二つの方法を取るようになります。
- (b) のように親水基を水中に残したまま、疎水基を空気中に突き出して一定の方向に吸着する(配向吸着)方法
- (c) のように疎水基同志を重ね合うことにより疎水基と水との接触を少しでも減らす方法
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更に溶解量が増すと、水面には十分な量の界面活性剤が配向吸着し、全面に隙間なく界面活性剤の単分子膜を形成します。
また、ほぼ同じ濃度において水中では、数十~数百個ずつが疎水基を内側に向け、親水基を外側に向けたミセルと呼ばれる会合体を形成し始めるのです。
このミセルが形成される最低濃度をミセル限界濃度、略してCMC(Critical Micelle Concentration)といいます。
ミセルは疎水基が親水基に包まれています。
そのため、水との反発はほとんどなく、界面活性剤単分子よりはるかに親水性が高いのです。
したがって、更に高濃度になっても界面活性剤はミセルの数を増やし、どんどん水に溶けるようになります。
ミセルは球状・棒状・層状のものなどがありますが、その大きさは10nm以下で普通の光学顕微鏡では見ることができません。
また、光の波長に比べて十分小さいため、その溶液はほとんど透明です。
以上の特異な溶解性により、界面活性剤特有の性質や作用を示します。
以下では表面張力を例にそのことを考察します。
図4は、水中の界面活性剤濃度と表面張力との関係を示したものです。
図から、最初は界面活性剤濃度の増大とともに表面張力が直線的に低下し、CMCから先でほぼ一定になることが分かります。

CMCより薄い濃度においては、濃度の増大に伴い界面活性剤の配向吸着が進み、水面上の水分子が疎水基に徐々に置き変わるためと考えられます。
純水と空気との界面張力(72mN/m) が、油(空気との界面張力が20~40mN/m) に類似した構造である疎水基と、空気との界面張力に一部置き換わる、と考えれば理解しやすいでしょう。
界面活性剤の濃度がCMCに達すると、水面への配向吸着は飽和し、その界面活性剤特有の表面張力に達します。
それ以上の濃度では、水中のミセルは増加しますが、表面張力はほぼ一定となります。
このように、CMCの前後で界面活性剤の特性は急激に変化し、それ以下では本来の性能を発揮しないことが多いのです。
したがって、界面活性剤はCMC以上の濃度で使用すべきです。
ただし、CMCは通常極めて低濃度で0.001 ~0.02mol/l 程度、重量にして0.02~0.4%ですので、通常の使用において問題は少ないと思われます1)。
表面張力以外にも、CMCを境にして以下の種々の物性に急激な変化が生じます4)。
- 洗浄力
- 可溶化能
- 電気伝導度
- 浸透圧
- 蒸気圧
- 氷点降下
- 光散乱
- 粘度
- 密度
界面活性剤の作用効果
界面活性剤の作用効果には、以下の多くの作用があります1),4),5)。
その中で研磨に関わるポイントを中心に、六つに整理して以下に示します。
1.湿潤・浸透作用
湿潤作用
前述の表面張力低下能から分かるように、界面活性剤添加により表面張力が低下し、水では濡れにくい表面を容易に濡らすことができ、これを湿潤作用と言います。
浸透作用
同様に、厚手のフェルトや綿糸などにも水がしみ込みやすくなり、これを浸透作用と言います。
研磨加工においては、濡れ性の向上により基板表面にスラリーが広がりやすくなり、微細な凹凸まで研磨液が行き渡るのです。
2.分散・乳化作用
固体微粒子の分散に界面活性剤が有効なことは、前稿「砥粒における微粒子分散の実際とは?分散効果についても詳しく解説」で述べたとおりです。
つまり、粒子表面に界面活性剤が吸着することにより、静電反発力や立体障害効果や保護効果などが作用し、分散性が向上します。
砥粒においても同様で、界面活性剤が砥粒の表面に吸着し、凝集を防止するのです。
また、スラリー中で均一に分散した砥粒は、加工痕の安定化やスクラッチ低減につながります。
乳化は、水と油の二相系において一方の液体が微粒子化して他方に分散している状態です。
しかし、固体粒子が液体粒子に置き換わっただけで、界面活性剤の作用としては分散と同様です。
3.起泡・消泡作用
泡は、気体が液体の薄い膜で包まれたものです。
この膜ができやすく破れにくければ、よく泡立つことになります。
界面活性剤の溶液は界面張力が低下しているため、液体が薄い膜となって空気との接触面積が増大することを助けます。
また、膜の内側と外側に界面活性剤が配向吸着した二分子膜により保護されるため泡が破れにくいのです。
一方、消泡は二分子配向膜の一部に異物質を入れて、配向膜の力学的平衡を乱すことにより泡を破壊する方法が用いられます5)。
この場合、HLB の低い(油溶性)界面活性剤が使用されることがあります。
4.洗浄作用
そもそも人間が界面活性剤(セッケン)を使いだしたのはこの作用のためです。
しかし、洗浄のメカニズムは複雑であり、前述の湿潤・浸透・乳化・分散・起泡作用を全て必要とします。
まず、湿潤・浸透作用により、汚れと基質(被洗浄物質)との間に界面活性剤溶液が入り込んで汚れの付着力を弱めます。
次に、離脱した汚れ成分を乳化、あるいは分散することにより基質への再付着を防止するのです。
つまり、洗浄作用に効果のある界面活性剤は、上記のいくつもの作用を併せ持つバランスのとれた界面活性剤です。
研磨においては、洗浄性の向上により、加工後の基板表面に残った砥粒や副生成物を洗浄しやすくする効果があります。
5.防錆作用5)
腐食の抑制には、大気中や油循環系などにおいて、以下のケースがあります。
- 金属の錆が発生するまでの時間を延ばす場合
- 水中のような腐食環境で錆の進行を遅くする場合
1は防錆添加剤と呼ばれ、防錆油などの油系に添加して使用します。
こちらには金属セッケンなどの油溶性界面活性剤が用いられるのです。
2はインヒビター(腐食防止剤)と呼ばれ、無機物と有機物とがあります。
有機インヒビターにはアミン系などの窒素を含む界面活性剤が使用されます。
両者の防錆機構は基本的には同じであり、金属表面に界面活性剤分子の吸着膜を形成するのです。
水やその他の腐食の原因となる物質を遮断することにより、腐食を抑制します。
このとき金属表面に吸着するのは親水基であり、疎水基が障壁の役目を果たしています。
したがって、親水基と金属表面との吸着性が強いほど、また、疎水基が長い(分子量が大きく側鎖がない)ほど効果が大きいのです。
6.潤滑・表面保護作用
前項の防錆作用と作用機構は似ています。
研磨においては、工作物への界面活性剤の吸着による表面保護や、潤滑作用による研磨欠陥の抑制に役立ちます。
砥粒と基板の直接的な強い衝突を緩和し、過剰な摩擦を抑え、潜傷やスクラッチを減少させるのです。
半導体デバイスにおける、銅配線と層間絶縁膜の同時研磨など、耐薬品性の異なる複数の材料を研磨する際に本機能は重要となります6)。
平坦化CMPにおいて、スラリーに界面活性剤などの表面保護剤を添加すると、凸部の保護剤は砥粒により剥がれて研磨が進み、凹部は保護剤が残って過研磨を防げます6)。
尚、界面活性剤の吸着の主な駆動力は以下の三つです。
工作物表面の親媒性や帯電状態、界面活性剤の種類によって変化します。
- 疎水効果:疎水基が水中に露出するとエネルギー的に不安定になるため、固体表面や気液界面に向けて吸着することで系全体の自由エネルギーを低下させる
- 静電相互作用:アニオン界面活性剤は正に帯電した表面に、カチオン界面活性剤は負に帯電した表面に引き寄せられる
- 水素結合・配位結合:親水基に –OH、–COOH、–SO₃⁻、–NH₄⁺ などがある場合、固体表面の官能基と相互作用
おわりに
研磨加工において、界面活性剤は目立たない存在ながら、以下三つの要素を支える縁の下の力持ちです。
- 仕上がりの安定性
- 欠陥低減
- 加工効率化
研磨液の調整やプロセス最適化に取り組む際には、是非一度「どんな界面活性剤を使うか」にも目を向けてみてください。
参考文献
1)藤本武彦:新・界面活性剤入門,三洋化成工業(1981).
2)荻野圭三:新規界面活性剤の研究開発,日本油化学会誌,45,10(1996)921
3)産総研マガジン:PFASとは?科学の目でみる、社会が注目する本当の理由,https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20250730.html
4)高橋越民 他:界面活性剤ハンドブック,工学図書(1968).
5)北原文雄 他:界面活性剤-物性・応用・化学生態学-,講談社(1979).
6)森永 均:砥粒加工基礎講座「研磨」(第6回) 研磨剤の基礎と応用, 砥粒加工学会誌, 68, 3 (2024) 24.

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