磁気ディスクの歴史と研磨を徹底解説!経済大国日本を支えた研磨技術
2026/07/09
今回から2回にわたり、磁気記録およびそれに用いるメディアの歴史、特に、HDD(Hard Disc Drive)用の磁気ヘッドやディスク基板の研磨技術について解説していきます。
今回は、以下の第1章~第3章について述べることとします。
- 第1章 磁気記憶媒体の歴史 — データ社会を支えた材料と加工技術
- 第2章 HDDメディアの研磨技術の歴史 — ナノメートル平坦度を実現した加工技術
- 第3章 HDDアルミ基板とガラス基板の違い — 磁気ディスク材料の進化

株式会社斉藤光学製作所技術顧問。専門が「研磨加工」と「微粒子分散」の技術コンサルタント。1976年、東北大学工学部を卒業後にタイホー工業株式会社 中央研究所にて磁性流体や研磨加工の研究に従事。1987年、東京大学より工学博士号(機械工学)を授与。2001年から3年間、東京大学生産技術研究所の客員教授。その後10年間は、研磨材メーカーの株式会社フジミインコーポレーテッド。さらにその後10年間は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 招聘研究員だった。
プロフィール詳細を見る第1章 磁気記憶媒体の歴史 — データ社会を支えた材料と加工技術
私たちが日々利用しているクラウドやAI。
その裏側では、膨大なデータが記録・保存されています。
その基盤となってきたのが磁気記憶媒体です。
磁気記録とは、電流で発生した磁界により媒体を磁化して情報を保存し、磁化変化による誘導電圧を読み取って信号として再生する技術です。
磁気記録の歴史は、約100年以上前に始まり、材料・デバイス構造・加工技術の進化とともに発展してきました。
今回は、その歴史を振り返ってみましょう。
図1に磁気記録方式の変遷を示します。

磁気記録の始まり(1890年代)
磁気記録の原点は、デンマークの発明家Valdemar Poulsenが1898年に発明した磁気録音装置です。
装置は鋼線(ワイヤ)に磁化を書き込むというシンプルな原理でした。
ワイヤーレコーダーは、音を電気信号に変え、その電流でコイルに磁界を発生させ、移動する鋼線に磁化として記録します。
再生時は、磁化の変化がコイルに微弱な電流を生み、それを増幅して音に戻す仕組みです。
音の強弱や周波数は、磁化の強さや変化として保存されます。
この技術は「音(情報)を磁気で記録できる」という概念を世界に示しました。
日本でも、ソニーの前身である東京通信工業の時代にワイヤーレコーダーの研究が行われ、後に磁気テープの開発へと繋がっていきました1)。
磁気テープの登場(1930~1950年代)
磁気記録が本格的に発展したのは、テープ媒体の登場です。
1930年代、ドイツのAEGとBASFが共同で開発した磁気テープ装置「Magnetophon」は、録音品質を大きく向上させました。
磁気テープは以下のような特徴を持ち、音楽録音やコンピュータのデータ保存に広く使われました。
- 長時間記録が可能
- 繰り返し利用可能
- 製造コストが低い
1950年代には、コンピュータの外部記憶装置として磁気テープ装置が普及します。
日本でも1950年には、ソニーから国産初のH型テープレコーダーが売り出されました1)。
ハードディスクの誕生(1956年)
1956年、IBMは世界初のハードディスク装置「IBM350」を発表しました。
この装置はコンピュータ「IBM305 RAMAC」に搭載されました。
特徴は以下の通りです。
- 回転する円盤(ディスク)を使う
- ランダムアクセス
- 磁気ヘッドによる記録
最大の特徴はランダムに任意の位置に直接アクセスできることです。
それまでのテープやワイヤー方式は、走行方向に順番にアクセスするしかなかったので、ハードディスク装置は画期的な発明です。
ただし、性能は現在と比べると驚くほど低く、記憶容量が約5MB、装置重量が約1トンという巨大な装置でした。
薄膜磁気ディスクの時代(1970~1990年代)
1970年代になると、磁気ディスクは大きく進化します。
重要な技術が薄膜磁気媒体です。
それまでの媒体は酸化鉄粒子を塗布した媒体でしたが1970年代以降、Co合金薄膜をスパッタ成膜する高密度媒体が登場します。
この時期には、浮上型磁気ヘッドが使われはじめ、磁気ディスクの鏡面加工や、高精度スピンドルなど、精密加工技術が急速に発展しました。
この頃からナノレベルの表面粗さ管理が重要になり、精密研磨技術が磁気ディスク製造に不可欠となります。
巨大化する記録密度(2000年代~)
2000年代に入り、磁気記録はさらに革新します。
代表的な技術が垂直磁気記録(PMR=Perpendicular Magnetic Recording)です。
この技術は東芝や日立など、日本のメーカーが中心となり実用化されました。
記録密度は1990年の数百Mb/in²から2020年には1Tb/in²以上へと急激に増加しました。
さらに現在ではHAMR(熱アシスト磁気記録)、MAMR(マイクロ波アシスト記録)などの次世代技術が研究されています。
データセンターを支える磁気記録
近年はSSD(Solid State Drive)が普及していますが、データセンターでは依然としてHDDが主力ストレージです。
主力である理由は以下の通りです。
- 大容量であること
- 低コストであること
- 長期保存性に優れること
世界中のクラウドサービスは巨大なHDDアレイで支えられています。
つまり、磁気記録は今でもAI・クラウド社会の基盤技術なのです。
磁気記憶媒体の歴史まとめ
磁気記憶媒体の歴史は、材料・デバイス・加工技術の進化の歴史でもあります。
とくに重要なのは、磁性材料・薄膜形成・ナノレベル表面加工です。
磁気ディスクの表面粗さは、現在ではサブナノメートルレベルで管理されています。
つまり、磁気記録の進化の裏側には、精密研磨技術の発展があると言えるでしょう。
第2章 HDDメディアの研磨技術の歴史— ナノメートル平坦度を実現した加工技術
磁気記憶媒体の歴史の裏側で、重要な役割を果たしてきたのは研磨技術でした。
ハードディスク(HDDメディア)は一見すると単純な円盤ですが、実際にはナノメートルレベルの表面精度が要求される精密部品です。
この高精度表面を実現するために、研磨技術は長い時間をかけて進化してきました。
図2には、代表的なHDD(Hard Disc Drive)装置の内部構造を示します。

初期の磁気ディスク(1960年代)
初期の磁気ディスクは、主にアルミニウム基板に磁性材料を塗布した構造でした。
また、この時代の表面仕上げは、旋削加工・ラッピング・バフ研磨など比較的シンプルな工程です。
当時の磁気ヘッド浮上量は数 µm程度であり、表面粗さの要求も現在ほど厳しくありませんでした。
薄膜ディスクと鏡面加工(1970~1980年代)
1970年代に入ると、磁気ディスクは大きく進化します。
磁性層はCo合金薄膜・スパッタ成膜へと変わりました。
これに伴い、基板表面にはナノメートルレベルの平坦度が求められるようになります。
この時代に普及したのが両面ラッピングと精密ポリシングです。
この工程により、ディスク表面はRa数nmレベルまで改善されました。
ガラス基板の登場(1990年代)
1990年代になると、HDD基板は大きく変わります。
アルミ基板に代わり、ガラス基板が登場しました。
理由は以下の通りです。
- 剛性が高いこと
- 熱変形が小さいこと
- 表面をより平坦にできること
この時期には化学機械研磨(CMP)に近い概念の研磨が導入されます。
研磨スラリーにはコロイダルシリカ、酸化セリウムなどが使用され、表面粗さはRa1nm以下まで低減されました。
トポグラフィ管理(2000年代)
2000年代に入ると、磁気ヘッドの浮上量は10nm以下になります。
このため単なる粗さだけではなくトポグラフィ(微小うねり)が重要になります2)。
すなわち、基板全体の平面度でも、局所的な粗さでもなく、その中間の波長が数mm~数µmスケールでの微小なうねりです。
この制御のため、超精密ラッピング・ポリシング技術が必要とされ、新しい研磨パッドの開発や研磨スラリーの粒径制御など研磨技術が高度化しました。
HDDはナノ精密機械
現在のHDDではヘッド浮上量1~2nm程度です。
つまり、原子数個分の距離で記録ヘッドが飛んでいます。
このため、ディスク表面には更に小さい面粗さ、うねり、欠陥密度が求められます。
HDDは実質的にナノ精度の機械システムと言えるでしょう。
第3章 HDDアルミ基板とガラス基板の違い— 磁気ディスク材料の進化
ここではHDDメディア材料の変遷に焦点を当てます。
ハードディスク(HDD)の記録媒体は、外見だけを見ると単なる「円盤」に見えます。
しかし、その内部構造は、高度な材料技術と精密加工技術の結晶です。
その中で特に重要なのが、磁性膜を支えるディスク基板材料といえます。
HDDの歴史を振り返ると、この基板材料はアルミ→ガラスへと進化してきました。
今回は、その理由を見ていきます。
初期のHDDはアルミ基板
初期の磁気ディスクでは、基板材料としてアルミニウム合金が使われていました。
代表例として、1956年にIBMが開発した世界初のHDD「IBM350」でもアルミ基板が使用されていました。
アルミ基板の特徴は、以下のようになります。
| メリット | 加工が容易 | 軽量 | コストが低い |
| デメリット | 剛性が低い | 熱変形しやすい | 表面精度の限界 |
そのためアルミ基板では、通常、無電解NiP(ニッケルリン)めっきを施し、硬度を付与(Hv=500~600)して研磨しやすくします。
そして、そのアルミ基板表面を研磨して使用していました。
記録密度の壁
1980~1990年代になると、磁気記録密度が急激に増加します。
このとき問題になったのがディスク振動と表面平坦度でした。
アルミ基板は比較的柔らかいため、以下の問題が発生しやすい材料です。
- 回転による変形
- 温度変化による歪み
- 振動の増大
高密度記録では、これらが読み書きエラーの原因になります。
ガラス基板の登場
1990年代になると、新しい材料としてガラス基板が導入されました。
この技術を積極的に開発した企業としては日立などが知られています。
ガラス基板の特徴は以下の点です。
- 剛性が高いこと
- 熱膨張が小さいこと
- 表面を非常に平坦にできる
- 高速回転に強い
このため、現在の多くのHDDではガラス基板が主流になっています。
加工プロセスの違い
アルミ基板とガラス基板では、加工プロセスも大きく異なります。
アルミ基板
アルミ基板では、切削加工→NiPめっき→ラッピング・ポリシングという工程で鏡面を作ります。
アルミ基板自体の表面精度は主に超精密切削で決まるのです。
ダイヤモンドバイトを使用した超精密旋削(SPDT)により面粗さ:Ra=1~3nmまで仕上げられます。
研磨は補助的(スクラッチ除去・微修正)な役割で、無電解NiPめっきにより形成したNiP層(厚さ:10~30µm)の研磨が重要です。
主にアルミナ砥粒を用いたスラリー(粒径:粗:0.3~1µm、仕上げ:数10nm)で行われます。
図3にはアルミ基板の加工プロセスを示します。

ガラス基板
ガラス基板では、ガラス成形→べべリング→両面ラッピング・ポリシングといった工程です。
はじめに、フロート法などで作製したガラス板を円盤形状に打ち抜き(ブランキング)、外周・内周をエッジ加工(ベベリング)します。
その後、両面ラッピング→中間ポリシング→最終CMPへと進みます。
両面ラッピング・中間ポリシングの目的は、平坦度形成およびSSD(Sub Surface Damage)低減です。
スラリーには、砥粒として炭化ケイ素、アルミナ、シリカなど(粒径:粗:数µm~数10µm、中間:1μm以下)が用いられます。
最終CMPでは主にコロイダルシリカ(粒径:10~100nm、pH9~11)が用いられ、パッドには表層にナップ構造を有する軟質ポリウレタンが使用されることが多いです。
仕上面粗さはRa:0.1nm以下の原子レベルが求められます。
ここでは微細スクラッチ・微小うねりなどのトポグラフィ制御が非常に重要です。
図4にガラス基板の加工プロセスを示します。

ガラス基板の加工詳細については「ガラス平面研磨技術の歴史を徹底解説!経済大国日本を支えた研磨技術」の記事をご覧ください。
高速回転時代の材料
現在のHDDでは、回転数7200~15000rpmという高速回転が行われています。
この条件では剛性や、振動特性、熱安定性が重要になります。
そのため、ガラス基板は高密度記録時代に適した材料として、広く採用されているのです。
HDDアルミ基板とガラス基板まとめ
HDD基板材料はアルミ→ガラスへと進化してきました。
その背景には記録密度の増加・高速回転化・ナノ精度表面要求があります。
そして、この材料の進化を支えているのが精密研磨技術です。
ナノレベルの表面を作る加工技術が、磁気記録の発展を支えてきたといえるでしょう。
日本企業の強みが生かされ、世界に対し圧倒的な優位性を勝ち得たのも、MRヘッドが登場し、表面粗さ要求が急激に厳格化、ガラス基板の採用拡大が進んだこの時期でした。
材料・研磨・量産品質を一体で作り込める、日本企業の研磨・材料・品質技術が一気にフィットします。
そして、1990年代後半~2000年代には完全に優位を確立しました。
HDDの進化は、材料技術・薄膜技術・研磨技術の進歩によって支えられてきました。
特に研磨技術は、ナノメートル表面を作る基盤技術として重要な役割を担っています。
次回はこのテーマをもう少し深掘りして、「磁気ディスクの表面粗さはなぜナノレベルなのか」について探ります。
また、磁気ヘッドの研磨技術や、次世代の磁気記録として期待されているHAMR(熱アシスト磁気記録)についても解説しましょう。
参考文献
1)木原信敏;ソニー技術の秘密,ソニー・マガジンズ,(1997)30.
2)江田伸二;モバイル用途磁気ディスク用ガラス基板の加工,NEW GLASS, Vol.26, №1(2011)16.

