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【応用編】SiCウエハの研削・研磨方法とは?2種類の応用技術について徹底解説

今回は、SiC半導体の基板加工の工程における「SiCウエハの研削・研磨技術」について詳しく解説いたします。
まず前半では、研削技術の概要と課題、そして解決策となる応用技術について詳しく解説していきます。

河田 研治
監修者:河田 研治

株式会社斉藤光学製作所技術顧問。専門が「研磨加工」と「微粒子分散」の技術コンサルタント。1976年、東北大学工学部を卒業後にタイホー工業株式会社 中央研究所にて磁性流体や研磨加工の研究に従事。1987年、東京大学より工学博士号(機械工学)を授与。2001年から3年間、東京大学生産技術研究所の客員教授。その後10年間は、研磨材メーカーの株式会社フジミインコーポレーテッド。さらにその後10年間は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 招聘研究員だった。

SiCウエハの研削・研磨技術の概要

図1は、「SiC半導体とは?基板加工技術について分かりやすく徹底解説」でも示した「SiCの基板加工プロセスの概要図」で、赤枠で囲んだ部分が今回の対象となります。

図1.SiCの基板加工プロセス

切断後のウエハの厚みを揃えて平行度を出してCMPに送るまでの工程、すなわち「スライスウエハの平坦加工プロセス」と呼ばれる工程です。
この工程の目的は以下になります。

  • スライシングにより発生したうねりの除去、および反りの低減
  • ウエハの表面粗さの低減(鏡面化)
  • 前工程の加工歪の除去

現状の加工技術では、上記3つを1つの工程で行うことは難しいと言われています。
複数の工程に分け、それぞれに適した砥粒や砥石、工具を選択して加工することが必要です。

また、SiCは、熱的にも化学的にも極めて安定なため、常温ではどのような薬品を用いてもウェットエッチングは不可能です。
そのため、研削や研磨により、砥粒の粒度を細かくしていきながら徐々にダメージ層を小さくするというプロセスが必要となります。

表1は、現在実施あるいは一部で研究されている主なSiCの研削・研磨技術の種類と内容、および特徴などを、実用性の評価と共に示しています。

工程/方式内容(主な研究者・企業・機関)特徴/実用性
ロータリー研磨ビトリファイドダイヤモンド砥石粗研#2k~4k →精研#8k(東京精密 他)高レート・低ダメージ/ ◎
トライボ触媒砥石セリア等、非ダイヤモンドを用いた砥石、触媒による酸化援用効果(産総研)超鏡面・低ダメージ(C面のみ可)/ △
メカニカル研磨高硬度遊離砥粒ダイヤモンドラッピング・ダイヤモンドポリシング(日本エンギス他) 、B4C(産総研)バッチ式・片面・両面/ ◎、△
固定砥粒定盤微粒ダイヤモンド(#4k~20k)ラッピング
砥石(ミズホ 他)
バッチ式・片面・両面/ ○
各種の援用研磨紫外光、プラズマ、電解、熱酸化、触媒作用(産総研、各種研究機関)低コスト化の可能性
/ ○
表1.SiCウエハの研削・研磨技術一覧

また、図2は過去に実施された国家プロジェクト「低炭素社会を実現する新材料パワー半導体プロジェクト」 (通称「FUPET」)内の応用技術調査委員会において作成されました。
SiCの研削・研磨プロセスの能率と、仕上面粗さに関するベンチマークについて表しています。

図2.SiCウエハ研削・研磨技術のベンチマーク

当時は6インチウエハがようやく出始めた時期でもあり、1枚のウエハをいかに速く加工できるかに焦点を当てた開発目標がありました。
そのため、粗加工や中間加工に相当する研削・研磨技術においては、高剛性研削盤を用いた片面ロータリー研削が最も適していたのです。

SiCは極めて硬く、ダイヤモンド砥粒を高荷重で押し込む必要があるため、ウエハ裏面を固定して片面ずつ加工する片面研削方式が有利になります。

#2,000~4,000程度のダイヤモンド砥石で粗加工した後、#8,000砥石で鏡面加工して仕上げのCMP工程に送るというプロセスが先行しました。

しかし、図3に示すように、片面毎に「枚葉加工ではウエハの貼り付けと取り外し」その後「裏返して更に貼り付けと取り外し」を行うなど、1枚を仕上げるための工数が多くなってしまうのです。
そのため量産加工には不向きという指摘もあります。

図3.ウエハ加工における枚葉式とバッチ式の工数比較

そこで、量産化への対策としては枚葉式(片面研削)から多数枚同時加工のバッチ式、更には両面同時加工へのシフトを考えることも重要となります。

以下で、表1に示す各技術について詳細に解説しましょう。

ビトリファイドダイヤモンド砥石を用いたロータリー研削技術

最初は、ダイヤモンド砥石を用いたロータリー研削です。

ロータリー研削とは、円テーブルに工作物(ウエハなど)を乗せ、工作物の上部の面に対し、テーブルを回転させて研削を行う方式です。

砥石の結合材として、一般的に使用されるのは以下になります。

  • レジンボンド
  • メタルボンド
  • ビトリファイド

ただし、SiCに対しては主にビトリファイドが使用されています。

立型の研削盤を用いてロータリー方式でウエハを研削する事例は、Siやサファイア基板など種々のウエハ材料で実施されてきました。

しかし、SiCはそれらの材料より硬いという問題があります。

従来型研削盤の課題

図4の左側に示すような、「作用点(Working point)と力点(Power point)がオフセットしている、片持ちタイプの従来型研削盤」の場合、装置剛性が低くなります。
そのため、高番手の砥石では砥粒が滑って逃げてしまい、加工ができませんでした。

図4.高剛性研削盤と従来型研削盤の比較 1)

対策として、図の右側に示すような「三方からリニアガイドで囲まれた加工軸を送る、ボールねじの真下に作用点がある高剛性タイプの研削盤」が使用されます。
それにより、高番手の砥石による加工ができるようになりました。

この構造は「アッベの原理」に基づくものとなっており、送り量制御の高精度化にも役立っています。

「アッベの原理」とは

アッベの原理とは、19世紀に活躍したドイツの物理学者、エルンスト・カール・アッベが提唱した「測定精度を高めるためには、測定対象物と測定器具の目盛を測定方向の同一線上に配置しなければならない」という法則です。

アッベの原理に基づいた長さ測定器がマイクロメータで、図4の右側にマイクロメータの絵が描かれています。
それに対し、ノギスは測定点とスケールがオフセットしており、アッベの原理に従っていないので精度が悪いのです。

高剛性研削盤で可能になったこと

この高剛性研削盤では、従来型研削盤には不可能だったSiCの延性モード研削も可能になりました。
SiCは硬脆材の中でもDc値(破砕開始荷重点)が小さくなります。
そのため、延性モードで加工するには、切込み深さを常に0.15μm以下にコントロールしなければなりません。

従来型研削盤では剛性不足などのため、振動や摺動面のスティックスリップ現象(ビビリ)が起きます。
それにより送りにバラツキが生じ、結果的に切込み量が深くなってしまい、延性モード加工はできませんでした。

対応策として、高剛性研削盤では切込み量を20nm以下に調整することにより、きれいな流れ型の切り屑を作ることに成功し、延性モード加工を実現しています。


前述のFUPETの研究でも、高剛性研削盤を用い、SD#8,000砥石で6インチSiCウエハを仕上げ研削するように改良しました。
その結果、18μm/minの送り速度でRms1nmの鏡面を実現し、ダメージ層が0.5μm以下に抑えられるようになります。

トライボ触媒反応を利用した研削技術

SiCの研削加工にはダイヤモンド砥粒の使用が一般的です。
しかし、砥石コストおよび加工ダメージの最小化の取組みとして、ダイヤモンド以外の砥材(硬度がSiC以下の柔らかい砥材)を使った研削の可能性も検討されています。

図5は、セリアなどのSiC以下の硬度を持つ砥石で、大口径SiCウエハのロータリー研削を行った結果を示しています。

図5.トライボ触媒反応を利用した研削技術 2)

#4,000ダイヤモンド砥石で前加工した面(Ra=3.5nm)から数百nm/min以上の能率で、Ra=0.4nmの鏡面が得られます。
更には#2,000ダイヤモンド砥石で前加工した6インチウエハを、全面に渡り鏡面加工できました。


また、同図の右側に示すような加工メカニズムの考察を行い、これを利用した研削加工を「トライボ触媒研削」と名付けました 2) 。

トライボ触媒砥粒の酸化メカニズムは、光触媒のメカニズムからの類推です。

  1. 光エネルギーの替わりに、摺動による機械エネルギーにより、砥粒の表面近傍で電子正孔対が生成される
  2. 光触媒の場合と同様、電子正孔対が周囲の環境に作用して、ヒドロキシルラジカル(-OH)を生成する
  3. ヒドロキシルラジカル(-OH)の強力な酸化作用で、工作物であるSiC単結晶が酸化されて加工が進行する

以上3つが考えられています 2) 。

ウエハの研削加工の課題

ただし、以上の内容はウエハのC面における結果であり、同じ操作をSi面に適用しても、現状では加工できないということがわかりました。

そこで現在、産総研内の計算科学研究組織によって、酸化援用加工の反応素過程の解析と材料設計の研究が行われています 3) 。

C面とSi面でのOHラジカルの反応性を比較した結果、以下のような計算結果が示されています。

  1. C面においては、C-O-Si構造が形成され、さらにCOが解離することにより、Si-C結合が次々と切断されていく(酸化反応が進む)
  2. Si面においては、最表面に生成されたSi-O-Si構造が安定であるため、次の酸化反応が進まず、結果としてSi-C結合は保たれる 3)

以上、SiCウエハの研削・研磨技術について前半の研削に関する内容を解説いたしました。
次回は後半「研磨」についての解説をいたします。

お楽しみに。

参考文献

1)五十嵐健二:「シリコンと化合物半導体の超精密・微細加工プロセス技術 第12章 高剛性研削盤による難削材の最先端加工技術」,株式会社シーエムシー出版, (2024.06), 126.

2)T.Kido et al.“A novel grinding technique for 4H-SiC single crystal wafers using tribo-catalytic abrasives wheels “, Mater. Sci. Forum, 778(2014),754.

3)M.Kayanuma et al. Surface Science, 791, 122031(2021)

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