ポリシング加工の原理とは?研磨加工のメカニズムについて徹底解説
2024/03/28
2024/03/26
今回はポリシング加工に着目して、研磨加工のメカニズムについて解説していきます。
ポリシング加工と付随してよく見られるのはラッピング加工です。
それぞれ具体的にどのような違いがあるのか、またポリシング加工の中でも以下2つの詳細について見ていきます。
- 機械的ポリシング
- メカノケミカルポリシング
それでは、一つずつ詳細を見ていきましょう。
株式会社斉藤光学製作所技術顧問。専門が「研磨加工」と「微粒子分散」の技術コンサルタント。1976年、東北大学工学部を卒業後にタイホー工業株式会社 中央研究所にて磁性流体や研磨加工の研究に従事。1987年、東京大学より工学博士号(機械工学)を授与。2001年から3年間、東京大学生産技術研究所の客員教授。その後10年間は、研磨材メーカーの株式会社フジミインコーポレーテッド。さらにその後10年間は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 招聘研究員だった。
ポリシング加工とは?ラッピングとの違い
ラッピングの役割は粗加工であり、比較的粗くて、工作物より硬い砥粒を用いるため、砥粒の機械的作用が主でした。
それに対し、ポリシングは仕上げ加工であるため、比較的微細で軟質の砥粒と軟質な工具が用いられます。
また、工作物と化学的に反応する砥粒や研磨液が選択されることもあります。
それは、以下2つが原因となり、現在では化学的作用を併用したものが主流です。
- 機械的作用だけでは能率が低いこと
- 半導体材料の仕上げ加工においては、加工ダメージのない完全無歪な面が求められること
ポリシング法を加工メカニズムで分類すると、表1の5つに分別できます。
尚、化学的作用を併用したポリシング法の呼称は研究者によって違いがあります。
ここでは、公益財団法人 精密工学会の調査研究分科会における整理法注1)に準拠したものです。
分類 | 原理 | 事例 | |
---|---|---|---|
1 | 機械的ポリシング Mechanical Polishing(MP) | 微細砥粒による(塑性変形を主体とした)微小切削作用により鏡面化する。あるいは、摩擦熱により接触点局部を軟化させ、塑性流動により平滑化する | 具体例として微細アルミナによるアルミニウムディスクの研磨。微細ダイヤによるセラミックス、SiC、GaN単結晶のメカニカルポリシング(MP) |
2 | メカノケミカルポリシング Mechanochemical Polishing(MCP) | 工作物と、それより軟質な砥粒との固相反応を利用した方法で、砥粒と加工物とが接触する極微小領域での高温高圧により生じる反応物を砥粒でかきとる | コロイダルシリカによるサファイヤの仕上げ研磨が有名。微小領域でムライトが生成され除去される |
3 | ケモメカニカルポリシング Chemomechanical Polishing | 研磨液と工作物との化学反応(水和、酸化)を砥粒の擦過作用により励起させ、できた反応生成物を砥粒でかきとる | セリアによるガラスの研磨、SiC単結晶の酸化剤援用研磨など |
4 | ケミカル‐メカニカルポリシング Chemical-Mechanical Polishing(CMP) | 研磨液の化学的エッチング作用と砥粒の機械的切削作用とを複合させたプロセス | シリコンウェハの最終仕上げ(一次、二次、ファイナルポリシング)に採用されている |
5 | その他の新しいポリシング法 | 機械的エネルギー以外の磁気や電気エネルギーを付加して行う方法、工具と加工物が直接接触しないようにして歪の小さい加工を行う方法など | 磁気援用研磨、電気援用研磨、非接触研磨など |
注1)
- ケミカル・メカニカルポリシング:砥粒による力学的微小切削作用と、加工液(あるいは雰囲気気体)の化学的溶去作用との複合効果で除去する方法。
- ケモメカニカルポリシング:雰囲気の作用によってワーク表面に生じた反応生成物(酸化膜や水和膜など)を、砥粒の微小切削作用で除去する方法。
- メカノケミカルポリシング:砥粒との接触で生ずる機械的応力により、接触点近傍に誘起される反応生成物を、砥粒に付着させて除去する方法。
機械的ポリシング
機械的ポリシング(Mechanical Polishing:MP)の加工の模式図を図1に示します。
基本原理は、微細砥粒による、(塑性変形を主体とした)微小切削作用です。
それにより材料が除去され鏡面化されます。
また、金属材料においては、摩擦熱により接触点局部が軟化し、塑性流動による平滑化も起こります。
事例として、古くは勾玉や金属鏡の研磨がこれに該当すると言われています。
現在でも、金属やセラミックスなどの精密部品の仕上げに多用されています。
具体例としては、以下の3つです。
- 微細アルミナによるアルミニウムディスクの研磨
- 微細ダイヤモンド砥粒によるセラミックス類やSiC
- GaNなどの単結晶材料のメカニカルポリシング(MP)
市販のSiC単結晶ウェハにおいては、 非デバイス面であるC面がダイヤスラリーと研磨布によるMP仕上げであることが多いです。
メカノケミカルポリシング
メカノケミカルポリシング(Mechanochemical Polishing:MCP)の基本原理は、工作物と、それより軟質な砥粒との固相反応を利用した方法です。
砥粒と工作物とが接触する極微小領域において、高温高圧により生じる反応物を砥粒でかきとることにより研磨が進行します(図2)。
図2.メカノケミカルポリシングの基本原理2)4)
代表的な事例としては、コロイダルシリカによるサファイアの仕上げ研磨が有名です。
シリカ砥粒とサファイア表面が擦れ合う微小領域でムライトが生成され除去されます(図3)。
このメカノケミカルポリシングの基本原理は、現在、砥粒加工学会の次世代固定砥粒加工プロセス専門委員会顧問の安永暢男先生によって、サファイアの摩擦界面における化学現象をもとに着想されたものです。
安永先生は、1965年に通産省工業技術院傘下の電気試験所(現国立研究開発法人 産業技術総合研究所)田無分室の材料加工研究室に配属となり、最初に与えられた研究テーマが「アルミナ砥石の摩耗機構の解明」であったそうです1)。
当時、戦後の国際協力事業の一環として電気試験所が取り組んだ、標準インダクタ作製作業において、ガラス製のボビンをアルミナ砥石で研削すると砥石摩耗が異常に大きく、必要な加工精度が出ないことに困っていたそうです。
工作物である(石英)ガラスよりもはるかに硬いはずのアルミナ砥石が、異常に摩耗するメカニズムを明らかにすることが研究テーマでした。
上司の助言により、複雑系のアルミナ砥石より純粋なアルミナ単結晶であるサファイアを用い、昼夜を厭わず実験を重ね、10年後に論文としてその成果を発表しました2),4)。
加工メカニズム
安永ら2)によれば、メカノケミカルポリシングはサファイアの摩擦界面における化学現象をもとに着想されたものであります。
摩擦や磨耗現象においては、接触する物質の形状や硬さなどの物理的な性質だけでなく、接触物質同志の固相反応や大気・水分などの雰囲気との化学反応など、種々の化学的作用が働いていることが知られています。
例えば、ダイヤモンドやアルミナ、炭化珪素などの非常に硬い材料が、鋼などの軟質材料との摩擦により磨耗する現象も、その一つと考えられており、工具磨耗の原因として良く知られています。
安永は、サファイア(Al2O3 単結晶)と鋼あるいは石英との磨耗実験において以下の反応生成物をX線回折手法により確認し、摩擦接触点における固相反応の存在を明らかにしました。
- Al2O3 + Fe(鋼)+ 5/2 O2 → Fe3O4-FeAl2O4 (固溶体)
- Al2O3 + Fe(鋼)+ 3/2 O2 → Fe2O3-Al2O3 (固溶体)
- 3Al2O3 + 2SiO2(石英) → 3Al2O3・2SiO2 (ムライト)
このような反応が進行する理由は、摩擦接触点局部において摩擦エネルギーによる高温・高圧が発生するためと言われています。
しかし、本当にそんな高温・高圧が発生しているのでしょうか?
そこで、一体どのぐらいの圧力が作用しているか推定してみました。
まず、接触という現象について曾田範宗先生は以下のように述べています3)。
「どんな表面加工、表面処理を行っても表面には凹凸が残るものである。こうした二つの面を向かい合わせて押し付けたときどんな現象が起こるだろうか。幾何学的平面を互いに押し付ければ、むろん全面が接触する。一方に凹凸があって、他方が幾何学的平面だったら、接触部に変形がないかぎり三点しか接触しないはずである。なんとなれば完全に同じ高さの凸部はないはずだから。両方の面に凹凸があれば若干複雑なかみあいをしようが、それでも接触点がそんなにたくさんできるとは思えない。
この固体表面の接触のイメージとしてかつてケンブリッジのパイ博士が『スイスをマッターホルンやアイガーもろとも裏返して、ヒマラヤ山系にかぶせたような状態』を想像すればよいと述べたのはいいつくして適切な表現である。要するに重要な点は、凹凸のある面は、見かけ上は広い面積を押し当てていても、本当に接触している面積は微々たるものだということである。3)」
この真実の接触面積とみかけの接触面積との比については、種々の方法で測定されています。
ですが、結論として真実の接触面積はみかけの接触面積の数百分の一から数万分の一に過ぎないというのが常識のようです。
通常のラッピングの加工圧は数百g/cm2、砥石ラッピングにおける加工圧は数㎏/cm2という場合もありますから、少なく見ても数十kg/cm2、最大で何と数十 ton/cm2と推定されます。
また、同著には摩擦面の温度についても以下の記述があります。
「実際の摩擦面の温度を実験で測定すると、普通の条件下でも驚くことに摂氏数百度から千度以上に達することがわかっている。・・・・・ 大切なことは、摩擦面の温度が鉄や鋼などでさえ溶けるような高温に達するという事実である。」
したがって、接触点局部は高温・高圧状態となり、通常では起こらない反応が進行するものと考えられます。
遊離砥粒方式によるメカノケミカルポリシング
更に、安永らは、遊離砥粒方式によりSiC,SiO2,Fe2O3,Fe3O4など種々の砥粒を用いてサファイアを研磨した結果についても考察しています。
サファイアよりも高硬度であるSiC を除いて、研磨量の多かったSiO2,Fe2O3,Fe3O4などは、メカノケミカル作用によるものと考えられるとし、その反応は以下のように推定されるとしています。
- 3Al2O3(サファイア)+ 2SiO2 → 3 Al2O3・2 SiO2 (ムライト)
- Al2O3(サファイア)+ Fe2O3 → 2FeO・Al2O3 ( スピネル) + 1/2 O2
- Al2O3 (サファイア)+ Fe2O3 → Fe2O3 – Al2O3 (固溶体)
- m Al2O3 (サファイア)+ Fe3O4 → 2FeO・(Al2O3)m・(Fe2O3)1-m (スピネル) + m Fe2O3
また、シリコン単結晶のメカノケミカルポリシングに適した軟質砥粒としてはBaCO3,CaCO3,Fe3O4などが4)、さらに窒化珪素のメカノケミカルポリシングに適した軟質砥粒としてはCaCO3,MgO,SiO2,Fe2O3,Fe3O4などが、別の研究者らにより報告されています5)。
参考文献
- 1) 安永暢男:若手技術者へ贈る言葉「失敗を恐れずに」,砥粒加工学会誌,Vol65,No.10(2021)547.
- 2) 安永暢男, 今中治:メカノケミカル現象を応用した結晶材料の精密研磨法,セラミックス,9,4(1974)219.
- 3) 曾田範宗: 摩擦の話, 岩波新書(1971) 130.
- 4) 安永暢男:軟質パウダによるメカノケミカルポリシング法,機能材料,5,1(1985)24.
- 5) H.Vora,T.W.Orent and R.J.Stokes : Mechano-chemical Polishing of Silicon Nitride,J.Amer.Ceram.Soc., 65,9(1982)c140.